川をわたった頃 - 1/2

元々愛玩用だったアンドロイドは、徐々に性能が向上していき、やがては高度な情報処理能力を搭載出来るようになった。
そうすると今度は、愛玩用ではなく、ヒトの形をした情報端末として、一家に1台、家に置かれるような時代になった。
電話、メール…該当のソフトウェアを入れれば家事や介護、公共料金の支払いや、荷物の受け取りまで。
それはまさしく革命だった。

アンドロイドはヒトの形をしている。性能も重視されるがそれよりもまず重要なのは顔形だ。
高度なAIを搭載したアンドロイド達は性格もそれぞれ違う。旧時代のAIのような、穏やかで落ち着き、ただ唯々諾々と従うような対応だと、逆に無機質すぎて、人気はでない。じっさい、不気味なのだ。人々はユーモアや、少しばかり欠点のある、愛嬌のある性格を求めた、
気難しがり、兄貴肌、素直だけどどこか抜けている―――そういった”人間らしい”基本的性格を付与されて、アンドロイドは出荷されていった。

そんな、個性的なアンドロイドが次々と産み出されるなかで、一風変わった販売方法をとる企業がいる。
アンドロイドに、物語と設定を盛り込んだのだ。
たとえばこの企業を代表するシリーズ”フェイト”では、
それぞれ各方面に特化した7機のアンドロイドを、戦わせ、競い会わせることによって万能のアイテム”聖杯”を獲得できる―――といういうなストーリーだ。

“サーヴァント”とよばれるアンドロイド達を操り、”マスター”と共に繰り広げられる闘い。

これが大いに受けたのだ。
高コストだが、性能も高いセイバー。低コストが売りのランサー。長時間の単独行動が可能なアーチャーなど。
人々は熱狂して、アンドロイドを買い求めた。

アンドロイドは高価なものだが、7機全て買い求めるものも少なくはなかった。

予想を遥かに上回る売れ行きに、次々とフェイトシリーズが開発されていく。
ステイナイト、CCC、プロトタイプ、フェイク、アポクリファ、グランドオーダー………
グランドオーダーシリーズは、他のシリーズのサーヴァント達を分かりやすく紹介する、いわばカタログのような役割もあったのだが、これが爆発的にヒットした。

グランドオーダーシリーズでのオリジナルキャラクターの売り上げも好調で、次々とあたらしい附属アクセサリーやサーヴァント達が生まれていった。

そのなかで根強い人気を誇るサーヴァントがいる。初出はステイナイトシリーズのランサー、クー・フーリンだ。
その低コスト性能もさることながら、兄貴肌の性格、美しい顔が人気のサーヴァントだ。
シリーズでも度々登場し、若干若い設定の、クー・フーリン プロトタイプや、情報処理能力の高いクー・フーリン キャスター、超高性能でうたわれるクー・フーリン オルタ など、いわゆる”亜種”の多さがセイバー アルトリアにひけを取らないと有名である。

ばあちゃんが死んだ
もう年だったし、死因も老衰で、実際穏やかな死に方だったらしい。
葬式で見たばあちゃんの顔は安らかで、笑っているように見えた。

***

「あっついなぁ……」

セミの鳴き声がうるさい。ミンミンと大きな声に、またぶわりと汗が滴り落ちる。

「はぁ………」

ばあちゃんちはおれんちからはそんなに遠くない。川の向こうにあって、せいぜい歩いて30分ぐらいだ。

平屋だての一軒家で、軒先に柿の木が植わっていて、夏になると葉を繁らせて日陰になる。横の、小さい畑にはスイカやらキュウリやら、季節の野菜が作付されている。
おれは軒先の日陰になったところでばあちゃんが育てたスイカを飲みながら、氷がたっぷりはいった麦茶をのむのが好きだった。

「麦茶………あるかな」

ばあちゃんが死んでから、家の管理はアンドロイドに任されている。今日行くことは伝えてあるが、人の住んでいない家に、そもそも麦茶のパックがあるのかが謎だ。期待しない方がいいだろう。

我慢できず途中、自販機で飲み物を買う。
冷たい感触が喉を滑り落ちていくのがなんとも言えず心地いい。

「ぷはあああ!」

一気に飲みきってしまうと、体にエネルギーが回るようで。思いの外自分は喉が乾いていたらしい。

手に持つ缶がヒヤリとまだ冷たくて、手の中で冷たさを味わうようになでさする。
暑い中でそこだけがひんやりと心地よい。

と、前の方から歩いてくる人影がみえる。
自販機の前から少しずれ、脇に移動した。

(あ、あれって…)
歩いてくるのは二人。そのうち一人はアンドロイドだ。
ランサータイプのクー・フーリンと、背の高い黒ずくめの神父のようだ。
ランサーが神父の後ろを歩きながら言う。

「あー、あっちいぜ。アンドロイドをこんな暑い中に外に出すなんて、どうかしてると思わねぇか?オーバーヒートしちまう」
「騒がしいぞランサー。静かに歩け」
「へいへい」

ふと、ランサーと目が合う。にか、と笑いかけられて、こちらも軽く頭を下げる。
そのしぐさに神父姿の男性もこちらに気が付いたのだろう。会釈してすれ違った。
通りすぎる間際にランサーが軽く手を振る。
緩く笑みを返して手を振り返すと、破顔して、背中で手をぐーぱーしながらさっていった。

(ランサーのクー・フーリンってあんな感じなんだ)
二人を見送りながら思う。
ランサータイプははじめてみた。
さっぱりとして、あっけらかんと好意を示してくれる。
太陽のような笑みのアンドロイド。
(うちのくーちゃんとは同じクー・フーリンでもやっぱ違うもんだなぁ)
うむうむ。
青い髪も、見慣れた彼より青みが強かった。
顔かたちは同じなのに、タイプが違うと印象がまるで違う。面白いものだ

「っと」
いけないいけない、そろそろいかなくては。手の中の缶がぬるい。
ぽい、と自販機の横にあるゴミ箱に空き缶を捨てて歩き出す。ばあちゃんちはあと少しだ。

***

歩いていると、水の音が聞こえてきた。
シャーシャーと涼やかな音にあわせてすうっと風が吹く。水気を含んだ風はさわやかな冷たさで立香の体を撫でていく。

「おぅ、立香じゃねえか」

音の正体はシャワーで水やりをしている音だった。
麦わら帽にエプロン姿の男性が、こちらに気が付いて、軽く手を振る。

「やっほーくーちゃん、水やり?」

門をあけて家に入る。
キャスターのクー・フーリン、通称くーちゃんは外の蛇口を使って、野菜に水をやっていた。

「おうよ、夏だからなぁ、やっぱり」

しゃわわ、と野菜が水を受けてつやつや輝く。
ばあちゃんが丹精込めて作った野菜たちは、今はくーちゃんが代わりに世話をしている。

「トマトがそろそろ赤くなってな、帰りに持ってけよ立香」

近所に配ろうとしてもな、皆トマト作ってるから断られちまってよぉ。
そう言うくーちゃんの目は優しい。

「これとか、これとか、こいつはまだ青いかぁ」

指差す先には真っ赤に熟れたトマトがずっしりと重そうに枝からぶら下がっていた。

「ありがと、母さんに渡しとく」
「ん、ちょっとまってろ」

水をやり終えたのか、くーちゃんはキュ、と蛇口を捻って水をとめる。シャワーのホースをぐるぐると回して片付けた。

「ほらよ、」

エプロンのポケットに入っていた鋏を使い、ぱちん、とトマトを収穫する。片手でエプロンをたわませると、そのなかに次々とトマトを入れていった。

「ついでだ、ピーマンももってけ」
「そんなに沢山もって帰れないってば…」
「いやいける。お前なら大丈夫だ」

袋に別けて入れておいてやるから、でかいやつ。
くーちゃんは今度は隣の列のピーマンをぱちん、ぱちんと収穫していった。

「ん、まぁこれくらいだろ」

うなずくとこちらに戻ってくる。
エプロンには、こんもりと野菜が入っていた。

「待たせたな。いこうぜ」
「まってめちゃくちゃおおくない!?」
「おおくなーい!」

からから笑いながらくーちゃんは家のなかに戻っていく。
あとを追って俺も家のなかに入ると、ひんやりとクーラーが効いていた。

「あーーーーーすずしー」

上がり框に座ってひとごこちつくと、奥でくーちゃんの声がかかる

「奥はもっと涼しいぞ~なんとスイカもある」
「えっ待って行く、すぐいく」

すっくと立ち上がり居間に向かう。
くーちゃんはキッチンで先ほど収穫した野菜を置いている。その横のシンクではスイカが丸々ひとつ、水に浸かって冷やされていた。

「わーーーーー!でっかい!うまそう!」
「だろう、待ってろ今切り分けてやる」

エプロンを外すと、くーちゃんはスイカの赤いところを皮から外し、一口大にカットすると大きな器に盛ってフォークと一緒に持ってきた。

「こ、このカットはあまりにも贅沢では…」
「こっちの方が食いやすいだろう?持ってったら隣の葛木の若奥さんが教えてくれてよぉ」
「ほぇ……」
「まぁ残った分はお前が持ってくんだ。せいぜい頑張って食え」
「めちゃくちゃ頑張って食べる」

スイカを口に含むと、しゃくしゃくとさわやかな食感と共にじゅん、と冷たい果汁が口のなか一杯に広がる。

「あっまぁ!うまっ!」

次々とスイカを口に放り込んでいく。
その横ではキャスターがにこにこと少年を見守っていた。

「だろう、ばあちゃんも今年はいい出来だって自慢してたんだぜ」
「ばあちゃんさ、スイカ毎年作っててもいまいち甘くなかったじゃん……最初の年なんて甘いどころか赤いとこがまず全然なくてさぁ、」
「あぁ……。あんまり食べるところがねえから、ばあちゃん、しまいには皮の白いとこ漬け物にして食ってたんだ、笑えるだろ?」
「えっ?!そんな食べ方あるんだ」
「おう、俺が検索してな、これは敗北の味……ってめちゃくちゃ悔しそうに食うんだ。それはそれでキュウリみてぇで旨かったらしいが」
「へぇ…でもばあちゃんもよかったね、死ぬ前に悲願だったうまいスイカ出来たんだから」

ぴく、とキャスターの動きが止まった。
(あ、やべ)
彼は一瞬遅れて言った。

「そうだな、でももったいねえよなぁ…今年は甘いスイカが食べ放題だって言うのに、一口しか食えなくて」
「うん…」

ごめんね、という言葉にゆるく笑って彼は返す

「いや、いいんだ。わかってるんだけどな、ばあちゃんは俺が看取ったんだ。でも、まだ死んじまった、って言うのが、一瞬理解できない事があってな。
何年かの付き合いしか無かったけど、ばあちゃんはいいマスターだったし、俺は毎日楽しかった。ばあちゃんも笑ってた。」

「うん、おればあちゃんが悲しそうなとことかくーちゃん来てから一回もみたことがない。」

これは本当の事だ。じいちゃんが死んだとき、おれは小さすぎてあんまり覚えていなかったけど、ばあちゃんはしばらくずっと下を向いてて、悲しそうな顔をしていることが多かった。

にこり、とくーちゃんが笑う。それは、来る前に見たランサーの笑みとは違うもので。

「…今、ここで空き家の管理を任されてて、いつもみてえに掃除をして、畑に水をやってよ、でもふっと、ばあちゃんがいないことに気づいて違和感を覚えるんだ。なんでばあちゃんがいねえんだ?って。
出掛けたか、寝てたっけか、そこまで考えてやっと思い出すんだ。あぁ、ばあちゃんは死んでいなくなっちまってたってよ。」

「くーちゃん………」

「やっぱり俺らはよ、マスターがいねえと駄目なんだわ。そういう風に出来ている。ばあちゃんが死んでもまだばあちゃんが俺のマスターだってのうみそがいってるんだ。ばあちゃんのために何かしたい、役に立ちたいって。ばあちゃんのために生きてえって…」

「………」

「すまん、言い過ぎた…」

比せられる瞳。
ふるふると頭を振っておれは言った。

「ううん、くーちゃんがそれだけばあちゃんの事が好きだったんだなって。おれはさ、近所に住んでて、まあちょくちょく遊びにきてたけど、やっぱり毎日一緒に過ごしてるわけじゃないじゃん。
くーちゃんはばあちゃんとずーっと一緒に過ごしてさ、買い物とか、料理手伝ったりとか、ばあちゃんの世話とかしてたわけじゃん。
毎日一緒にいたのが、ある日いきなり…でもないけど、なくなっちゃうのってさ、やっぱり、頭では納得しても、習慣はさ、二人でいるのを覚えちゃってるわけでしょ?
それって毎回ばあちゃんが死んだことを突きつけられてるみたいで、やっぱりそれって、つらいと思う…」

コトリ、とフォークを横に置く。しゅん、と耳があったら盛大に伏せられていると思う。

「ありがとうな」

そっと頭が撫でられる。愛おしむように、ゆっくりと続けられるなでかたは、ばあちゃんにそっくりだ。

「…………っ」

それが、あんまりにも優しいので、おれは泣きたくなる。
あんまりだ。くーちゃんはこんなにやさしい奴なのに、なんで毎日悲しい思いをしなきゃいけないんだろう。
アンドロイドにだって感情があって、ストレスを感じる。そのせいで壊れたしまったという事件やドラマが、時折テレビで流れていた。あんまりにも悲しいことや辛いことが重なって、突然暴れ出したりスリープのまま起動しなくなるのだそうだ。なかには突然初期化してしまうものもいるそうで。
くーちゃんが壊れる?
いやだ。そんなの、ぜったいに嫌だ。どうすればいいんだろう、どうすれば………

「あ」

これなら

「くーちゃん」
「ん?どうした」

ごくり、と唾を飲み込む。緊張のせいか、さっきまであんなにスイカを食べてたというのに舌が粘りつくようだった。
おれの頭から離れたくーちゃんの手を掴んで言う。

「あ、あのさ、マスター、おれに変更しない?」

もつれながら転がり出る言葉。

「ね、次は俺のために生きて…」

ぎゅ、と手を握りしめる。俺の気持ちを表すように。
くーちゃんの手は柔らかくて、排気熱でほのかに温かい。人肌そっくりな人工皮膚がおれの握力でわずかに沈んだ。

「あ………………」

くーちゃんの表情が固まる。おれは手を離さないで言った。

「夏休みさ、あと一月位しかないけど、毎日通うよ。ううん、母さんや父さんに頼んで、この家に住む。そんで、くーちゃんはおれと一緒にいること覚えて。この家にはばあちゃんもいるけど、次は、俺が住んでるってこと、覚えて欲しいんだ」

「………………」

「ダメ…かな?」

「ダメじゃねえ、と、思う」

「じゃあ」

「でもよ」

「そしたら、ばあちゃんはどうなるんだ…」

「だったらおれはマスター見習いはどうかな、俺がくーちゃんの認める、立派なマスターになるまで。マスターはばあちゃんでさ、、」

「…………なんだよ、それ」

ふ、とくーちゃんが笑った。

「まんまだよ。暫定でくーちゃんのマスターはばあちゃん。で、俺はマスター見習い。くーちゃんがみて、おれが立派なマスターになったと思ったら、マスターをばあちゃんから俺にする。どう?」

「……ふふ、マスター見習い、ねえ」

くーちゃんはあちこち目線をさ迷わせて、しばらく黙ったかと思うと、こちらを向いて言った

「いいぜ、よろしくたのむ……マスター見習い」

「うん!よろしく!」

嬉しくて握った手をブンブン振り回す

「やめろ坊主!腕が抜ける!」

「ああ、ごめんごめん」

パッと手を離すと、くーちゃんは腕の接続を確かめるように、二、三度手を握って確かめた。

「まったく乱暴なマスター見習いもいたもんだっての」

「ごめんって!」

「ん、許す」

「よかっったぁ~。なんか、ほっとしたら緊張してたからか喉乾いてきたの思い出してきた……」

「なんだそのわかりづらい状況。残りのスイカ食え、スイカ」

「あ、そういやそうだね」

しゃくしゃくと、次々残ったスイカを食べ進めていく。
気が付くと、半玉あったスイカは綺麗に無くなっていた。

「まじで食べきれるもんだな……」

「おれもびっくりした。食べた本人だけど。しかもまだ余裕がある」

「男子高校生の食欲すげえ……」

「お年頃ですから…」

「その調子で畑の野菜も頼む」

「ンンン……頑張るけど調理はしてね。生のままむさぼるのは勘弁」

「おうよ、まかせろ」

「そういえば、野菜…こっち住むこと報告がてら持ってこうか」

よっこいしょ、と立ち上がってすでに詰め込まれた野菜を手に持つ。
ずしりと重たい袋が、手にぎゅっと食い込んだ。

「スイカはどうする?」

「いいよ、残ったのはおれが食う」

「あと畑に5玉あるぞ」

それも食うか?と聞かれて、あわててかぶりをふる

「まさか!食べきれないよ。いくつかは御近所さんに配ろう。スイカ育ててるとこはないよね?」

「無いな」

「よし。じゃあねくーちゃん。いってきます」

「……おう、いってらっしゃい」

くーちゃんが笑う。

「うん、いってきます!」

さよならではなく、いってきます。
さよならじゃくて、いってらっしゃい。

まだ、ちょっとぎこちないやり取りだけど、時間はこれからたくさんある。

少しずつ、前に進んでいけばいい。

おれは小さく前にあるきだした。

 

 

 

おわり