ロナルドとドラルクとジョンの異世界転移冒険譚

それはいつもと変わらない夜のこと。二人と一匹は仕事を終え、スーパーで簡単な買い物をして、帰る途中のことだった。
時間はもう、早朝といっていい時間帯で、夜も長い新横浜といえど人出はほとんどなかった。あたりに聞こえる音は、二人と一匹のしゃべる声と、歩くたびにゆれるビニール袋のガサガサという音、たまに道路を通る車の音だけで、あたりはしんと静まり返っている。
そこへ、カラン、と空き缶の転がる音がする。ロナルドが目をやると、路地裏に面した自販機横のゴミ箱に、空き缶がこれでもかというほど詰め込んであった。どうやらそこから、風が吹いた拍子に缶が落ちてしまったようだ。

「なんだ、風か」

「風?そういえばさっきからずいぶん風が強くないかい?」

ドラルクがジョンを大事にぎゅう、と抱きしめる。風が、路地裏に吸い込まれるようにゴオっと吹いて、彼のマントをふわりとはためかせた。
風はどんどん強さを増していくようだった。そのせいで、さっき缶が落ちたゴミ箱が倒れ、ガシャンと大きな音を立てて、あたりに空き缶が転がる。その空き缶たちもまた、風にあおられてころころと地面を転がっていった。

「あ……拾わねぇとダメかな」

くるりと路地裏に顔を向けたロナルドに、ドラルクが静止をかけた。

「ロナルド君、まって」

「ア?なんだよドラ公」

ロナルドが不機嫌そうにドラルクのことを見る。ドラルクは顔を固くして、叫んだ。

「これは、ただの風じゃない!吸い込まれてるんだ、見て――――」

ドラルクが路地裏を指さす。そこには黒い、ぽっかりした穴が開いていた。その穴が、まるで宇宙空間で壁に穴が開いた時のように、街のなにもかもを吸い込んでいるのだ。そしてその吸い込むさまが風を作り出していたようだった。

「吸血鬼のしわざか!?」

「わからん!しかし逃げたほうがいい!吸い込まれたら終わりだ!…ってあああああ!!!!」

ふわ、とドラルクの体が浮いた。そのまま穴に吸い込まれそうになるのを、ロナルドがマントをつかんで止める。

「おい!なにやってるん……あああああああ!!!」

風は、ドラルクをつかんだロナルドごと持ち上げて穴へと吸い込まれていく。

「ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「ヌヌヌヌヌヌヌヌヌ~~~~~~~~~~~~~~!!!!」

そうして二人と一匹を飲み込んだ穴は、満足したように、ひっそりと小さくなり閉じていった。+++

穴から落ちた二人と一匹は、どこまでもどこまでも落ちていき、ぽい、とばかりに地面に放り出された。ずっと落ちていた割に衝撃は軽い。しりもちをつく程度で済んだようだった。

「ってぇ~……ってなんだここ!」

ロナルドがあたりを見渡す。そこは森の中だった。鬱蒼とした木々が、どこまでも続いている。二匹と一匹がいる場所は開けており、小さな広場のようになっている。あたりには人家の灯りなど見えず、薄青い月の光だけが彼らを照らしている。

「新横浜……というより地球ではなさそうだねぇ。みてみなよロナルド君、ほら」

そう言ってドラルクが空を指さす。

「あぁ……?」

つられて見上げた空には、月が、ふたつ輝いていた。ロナルドが驚きに目を見開く。

「ハ!?月が二つある!?」

「おそらくここは地球ではないどこか。今風にいうと異世界、ってやつじゃないだろうか」

ドラルクが腕を組みながら言う。

「ヌヌヌイ?」

「え?じゃあ空気とか大丈夫なのか?」

ロナルドがのどに手を当てる。

「まぁ、普通に呼吸とかできるし大丈夫じゃないのかな」

「そういやそうだな」

「それよりね!」

興奮したようにドラルクが叫んだ。彼は、この状況をすでに楽しんでいるようで、わくわくとした様子で話し始める。

「異世界なんだよ、君、やはりここは剣と魔法が発達してたりしないのかね!?ステータスオープン!なんちゃって……って、うわぁ!」

ドラルクが驚いたように叫んで砂になった。

「どうした砂ァ?」

うさんくさそうにドラルクを見る。ドラルクは手だけ形作って斜め上を指さした。

「ス、ステータス画面、でちゃった……」

「何ィ!?」

「ヌヌー!?」

+++

ステータス画面がでた。一人と一匹はドラルクの手元を見たが、特になにも表示されている様子はない。
「どうやら自分のものだけ見られるみたいだね。ステータスオープン、と詠唱する……というより頭の中で唱えれば見られるみたいだよ」
「ステータスオープン、うわ、本当だ!」
「ヌヌーヌヌヌーヌン!ヌー!ヌンヌヌ!」
ロナルドもジョンも自分達の手元を見て、驚いている。
「っていうかこれ、日本語で書いてねえのに読める!なんでだ!?」
「ヌンヌヌ!」
「それはお約束ってやつだよロナルド君」
皆のステータスを併せてみると、下記の様になった。

ロナルド 男 人間 退治人
HP 285/300
MP 50/50
魔法
・なし
スキル
・吸血鬼特攻 B
・早撃ち A
・照準補正 A
・怪力 C
・ゴリラ B
・弾丸×∞

ジョン 男 アルマジロ かわいい
HP 230/265
MP 165/165
魔法
・回復 C
・解毒 C
・解呪 C
・バリア B
スキル
・固くなる A
・かわいい SS+
・丸まり走法 A
・美食家の舌 A
・算術 B

ドラルク 男 吸血鬼 いそうろう
HP 1/1
MP 450/450
魔法
・水魔法 E
・火魔法 E
・収納魔法 B
・掃除魔法 B
スキル
・家事 A
・料理 A
・製菓 A
・鑑定 B
・肉体再生 S

スキル欄を見ながら、ドラルクが評する。

「まずはロナルド君のスキルだね。弾丸×∞はかなりいいスキルなんじゃないかな。君の武器とも相性がいいしね。どうやら退治人で培ったものがスキルとなって現れているようだ。怪力Cがどれくらいなのかはわからないが、戦闘特化、近距離~中距離という感じかな。一つ残念なのは魔法が使えないことだけど、まぁ、弾丸×∞がチート級のスキルだから連続攻撃も可能だし、そんなに問題ない気がするよ」

「お、おう……」(ガチ目の説明が来たので拍子抜けしている)

「ヌンヌ?ヌンヌー?」

「そうだねぇ、ジョンは回復・解毒・解呪ができるのがすごい!補助役として基本的な魔法を備えているのがいいね。それに固くなるがあるのは、丸まって固くなるってところがスキルになったのかな?ダメージを受けないのは補助役として有利になりそうだ。丸まり走法も逃げるときは早いだろうしね。それにしてもジョンのかわいさがスキル化するとはすごいなぁ!それだけ稀有な能力だと認められたんだろうね。さすがはジョンだ」

「ヌヌ~!」

「ジョンはかわいいからな」

「なんで若造が得意そうなんだい。最後に私なんだけど、HPが1っていうのはまあ、うん。予想はついていたけれど。スキルが見事に家事に特化しているなぁ。まぁ、ご飯は任せたまえ。魔法が使えるようだから、どれくらいの威力か後で試してみたいね。収納魔法が使えるは便利だなぁ。買い物した時も重いものを持たなくても良くなったりするかな?ふふ、クソザコおじさんの汚名を返却する時が来たようだな……!」

「HP1の時点でもうだめだろ」

「なんだって!みてみろよ若造!私の魔法で敵をばっさばっさとなぎ倒すのを見ているがいい!」

叫んでいたドラルクの動きが止まる。それにあわせてロナルドのにも緊張感が走った。二人と一匹は、ざ、と左側の茂みに視線を移した。遠くからガサガサと音が聞こえてくるのに気づいたからだ。音は、はじめは遠かったが、徐々に近くなっていく。それにあわせてゴフーッゴフーッっという荒い鼻息までもが聞こえるようになった。どう考えても人間では無さそうな音に、緊張が高まる。

「……おっと、チュートリアル、といったところかな?」

「へっ、上等だ。やってやるぜ!」

「ヌー!」

意気込む二人と一匹の前に、それは飛び出してきた。

「ブヒイイイイイイイイイ!」

鋭く伸びた牙に分厚い毛皮、それは一見してイノシシに似ていた。

「イノシシ……?にしてはでけぇ!」

「ビッグボアといったところか!ロナルド君!いけ!」

「くそ、お前に言われるのは癪だが、行くぞ!」

ロナルドが銃をつがえると、ビッグボアに向かって銃弾を放った。銃弾はビッグボアの顔面にあたり、血しぶきがぱぁっと広がる。

「チッ、脳を狙ったんだが、角度が悪かった!」

「ブヒィィィィィィィィ!!!」

ビッグボアが雄たけびを上げ、ロナルドに突進する。

「ヌヌヌ~!」

ジョンが両手を掲げるとそこから透明な壁のようなものが現れ、ロナルドの前にそびえたつ。ビッグボアは壁に激突する。が、壁はびくともせずにその巨体をはねのけた。

「ブヒ……」

ぶつかったビッグボアはふるふると頭を振ると、また、壁へ激突をくりかえす。二度、三度と激突を繰り返すたびに、壁の耐久度が下がっていくのがジョンにはわかった。

「ヌヌヌ……」

そして五度目の激突で、壁は壊れる。

「ブッヒイィィィィ!!!」

ビッグボアが駆け出した。

「火魔法!」

ドラルクが叫ぶ。すると、手のひらから小さい火の玉がぽひゅん…‥と飛んでビッグボアの毛皮に当たり、そのまま消えた。

「魔法までクソザコかよ!!!!!!」

「チッ、ロナルド君、こうなったら君が頼りだ、頼んだぞ!」

「わかってらぁ!今度こそ外さねぇ!!」

ダァン!ダァン!ダァン!ロナルドの銃弾がビッグボアの頭を撃つ。その一撃は頭蓋骨を貫通し、脳にまで達した。

「ピギィイイイイイイ」

ビッグボアは悲鳴を上げて倒れ、そのままビクン、ビクンと痙攣し動かなくなった。ビッグボアを倒したのだ。

「ヌッヌー!」

「よくやったロナルド君!」

「おっしゃあー!」

歓声を上げる二人と一匹。はしゃいでいると、ロナルドの腹がぐぎゅるるるるると盛大に鳴った。

「おや、若造、お腹すいたのかい」

「ヌンヌ、ヌヌヌヌヌヌヌヌ」

「ジョンもかい。うーん困ったなぁ。料理がしたくても材料はないし……あ」

ドラルクがビッグボアを見る。

「ふむ、なるほど」

「ドラ公、食えるのかそいつ」

「普通の豚肉みたいにはいかないと思うけどね。見た目イノシシだし、血抜きしたらいけるんじゃないかな。あ、そうだスキルに鑑定があるから使ってみよう。鑑定」

すると、ドラルクの脳内に情報が入り込んでくる。入ってきた情報はこうだった。

ビッグボア ♀
・とても荒い気性の生き物。
・雑食。ドングリを好んで食べる
・肉質はよく、おいしい。

「うわ、なにこれ……脳内に情報が入ってくる……きもちわる」

「どうなんだよ。食えるのかよ」

「ヌイシイ?」

「食べられるみたいだよ。おいしいって」

「よし!ドラ公とりあえずやってみろ」

「そうだね」

ドラルクは両腕をまくった。

+++

ビッグボアの調理をするには、まずは解体しないといけない。最初は血抜きだ。

「ロナルド君、きみナイフ持ってない?」

「おう、ほらよ」

「ありがと」

ビッグボアの頸動脈を探す。そこへナイフを滑らすと、毛皮に邪魔されてなかなか切れない。苦労しながら毛皮を切り裂き、頸動脈を傷つけると、血がゆっくりと流れ出す。

「ああ、もったいない。でも今自分だけ食事するのも悪いしね」

そのまま流れる血を見ていたけれど、どうにも血がこぼれるのが遅い。心臓が動いていないので血が流れないのだろう。早く食事にしたいというのに、どうしたらいいか、ドラルクは考えた。

(あ、そうだ)

「水魔法」

ドラルクが小さく呟くと、ビッグボアの体がピク……と動く。その動きに気づいて、後ろにいた一人と一匹が叫んで走り寄る。

「ドラ公離れろ!そいつ生きてやがる!」

「ヌヌヌイ!」

ドラルクは違うよ、と笑う。

「大丈夫、ビッグボアは死んでるよ。ちょっと水魔法をかけてみたんだ。ほら、水魔法って空気中の水分をあつめてなにかする、っていうのが定説だろう?だからさ、ビッグボアの中の水分……血液を動かせないかって。うまくいったみたい」

頸動脈からぴゅるるるると血が噴き出す。やがて血が止まると、あたりは血まみれになって、むわりと匂いが漂う。

「よごれちゃったなぁ……掃除魔法」

唱えると、あたりの血がきれいに消えた。ついでとばかりにビッグボアにも掃除魔法をかけた。毛皮の汚れがきれいになり、これで解体時に肉に泥汚れなどが付かなくなる。

「魔法って便利なもんだなぁ」

ロナルドのつぶやきにドラルクもうなずく。

「そうだねぇ。いつも掃除している身としては物足らない気もするけれど、こういう時はありがたいものだね。さて、血抜きも終わったみたいだし、解体したいんだけど……そこまで体力ないから、ロナルド君、おねがいね」

「まかせろ」

内臓を取り出し、腹腔にたまった血をぬぐう。この血は、皿替わりの葉っぱにためておいた。ドラルク用だ。内臓は土に埋めてしまいたかったが、掘る道具もなかったので、とりえあえず収納魔法へと放り込んでおいた。それから皮をはいでいく。途中、ナイフが脂でぎとぎとになって、切れ味が鈍ってくるので、何度か掃除魔法をかけながら作業を続ける。はぎ終わると、ピンク色の肉が見えてきた。
そこから肉を薄く削り出すと、ジョンが集めてくれた枝に刺して、準備は完了だ。

「残りは収納魔法に入れれば大丈夫かな」

そういって収納魔法を展開すると、ビッグボアの本体をしまう。

「ふふ、さっきは物足りないって言ったけど、魔法ってたのしいなぁ」

火魔法をかけると指先に小さな火がともる。小枝に火を移すと、徐々に炎は強くなり、ぱちぱちと音を立てて柔らかい光があたりを包む。
焚火の傍の地面に肉を刺し、じりじりと少し離れた場所から炎を当てる事によって火を通す。
じっくりと火を通した肉は、油がにじみだし、焚火の光に照らされて、てらてらと光っている。
ごくり……。ロナルドとジョンののどが鳴った。腹の虫もぐうぐうとなっている。最初に食事をしようといってから、もうずいぶんと時間がたっていた。

「な、なぁ……ドラ公、俺もう我慢できねぇよ……」

「ヌヌヌヌイヌ~!」

「フム、もうそろそろかな……」

ガサガサとスーパーの袋を探る。ちょうど購入したのは塩と胡椒などの調味料だった。塩の袋を開けてぱらぱらと塩と胡椒をふりかける。

「おまたせ。できたよ」

皿替わりの葉に肉を乗せて、ロナルドとジョンの前に置く。一人と一匹はもう待ちきれないといった様子で肉を凝視していた。

「なぁ、なぁ、もう食っていいのか?」

「ヌ~」

「いいよ、さあ、いただきますだ」

「おう!いただきます!」

「ヌヌヌヌヌヌ!」

勢いよく肉にかぶりつく。

「う、うめぇ~~~!!」

「ヌイシ~!」

「まあ、この私にかかったら、異世界の肉だろうがなんだろうがお茶の子さいさいってわけさ」

ビッグボアの肉は、豚肉ほど柔らかくはなかったけれど、その分味が濃く、脂がなんともいえずおいしかった。塩かげんもちょうどよく、一人と一匹は夢中になって肉を食べ続ける。

「さて、私も血をいただこうかね」

ドラルクは、さきほど腹腔からとりだした血の塊をぱく、と口に入れる。

「ン、癖が強いけど、なかなか……」

そうしてちまちまと食べていると、ふと、あることに気が付いた。

「ねぇ、君たち、何か光ってないかい……?」

「ヌー?」

「光っ……?」

言われたジョンとロナルドが自分たちの手を見ると、ぼんやりとした光が彼らを覆っている。

「え!?なんだ!?」

「ヌヌ~!?」

「ビッグボアを食べると光るっていうこと?でも血を取った私は光ってないし……どういうこと?鑑定にも載ってなかったし」

「まぁ実害は今のところねぇからいいか。ドラ公、おかわり」

「ヌンヌ!」

「はいはい」

そういうと何事もなかったかのように食事が再開される。だって一人と一匹はとてもお腹がすいていて、ドラルクが焼いた肉はすばらしくおいしかったのだ。それを毒でもないし、身体が光ったくらいでお預けになってしまうのはいやだった。一人と一匹は、肉を心ゆくまで堪能すると、満足そうにおおきなげっぷをした。

「食った食った……」

「ヌヌヌヌヌヌヌヌヌ」

身体はまだ光り続けている。このままずっとだったらいやだなぁとドラルクは頭の片隅で思った。

(おもしろいことには、おもしろいけど)

 

+++

 

「さ、そろそろ片づけをしよう。そのあとどうするかも話し合わなくちゃね」

そういって立ち上がったドラルクの耳に甲高い声が聞こえる。それは人の悲鳴のようだった。続いて聞こえてきたのは複数人が走る音、プギー!という、獣の叫び声も。

「おい、ドラ公、聞こえたか」

ロナルドがドラルクを見る。

「音が複数する……若造、やれるかい」

「まかせろ」

「ヌー!」

二人と一匹が音のする方向を注視すると、ガサガサという音とともに、人が三人、飛び出してくる。

「俺たちの後ろに回れ!」

ロナルドが叫ぶと、三人はロナルド達をすり抜け、後ろに回る。

「ヌヌヌ!」

すかさずジョンがバリアを貼ると、透明な壁が、三人の前に現れた。

「……!」

二人と一匹の後ろで、三人が息を飲むのがわかる。

「ロナルド君!前を見る!」

「わかってる!ってうおっ!」

ガサガサと木々の間から現れたのは、またしてもビッグボアだった。
だが、大きさが違う。先ほど倒したビッグボアの二倍はある体躯、ギラギラとした目は怒りに染まっていて、一目で手ごわい敵であるとわかる。

「くそっ!」

ダァン!ダァン!銃を撃つ。牽制のつもりで撃った弾丸は、あやまたずビッグボアの前足に命中し―――そして足を吹っ飛ばした。

「プギイイイイイイイイイイ」

ビッグボアが悲鳴を上げる。血しぶきがあたりに飛び散った。

「……え?」

ロナルドが頭にはてなマークを浮かべた。この銃、そんなに威力があっただろうか?あきらかに強さが増している。気が付かないうちに、口径が違うものを撃ってしまったのだろうか。
前足二本がなくなったビッグボアは、あたりをごろごろとのたうち回るだけになる。が、その質量で暴れまわっているものだから、近づくだけでもその吹っ飛ばされてしまいそうった。ロナルドはその動きをかわしながらビッグボアに近づいた。そして頭に弾丸を打ち込む。ダァン!という音がして、ビッグボアは完全に動きを停止した。

「よくやったロナルド君!」

「ヌッヌ~!」

「あ、ああ……」

なんともいえない、あっけなさにロナルドはなんとなくもやもやを感じながらも、終わったことに一息をついた。

「そうだ、大丈夫か、あんたら」

ロナルドは先ほど走ってきた三人に声をかける。三人は、先ほどの戦いを目の当たりにして、信じられない、といった表情を浮かべていた。

「あの大きさのビッグボアをあんなに簡単に……?」

「あの毛皮、弓だって通さないって言うのに……」

「すごい……」

「あの……?」

ロナルドが言うと、三人は、ハッとして、口々にお礼の言葉を口にした。

「旅の冒険者さま、ですか?ありがとうございます!助かりました。私はヤニと申します。近くの村で猟師をやっているものです」

中年の男が言う。

「僕はルーシェ!冒険者さま、すっごく強いんだね!伝説の勇者さまみたいだったよ!」

まだ幼さが抜けない少年は、はしゃぎながらキラキラした目でロナルドを見つめた。

「こら、やめなさい。……申し遅れました、マインと申します。村の薬師です」

「ヤニさんにルーシェ君に、マインさん……俺はロナルド。よろしくな。この丸いのがジョン」

「ヌー!」

「そして私がドラルク」

「ただのクソ砂です」

「なにを!」

わいわいと騒ぐ様子に敵意がないことが分かったのだろうか、三人の気が緩んだのが感じられた。ルーシェの腹からぐう~っという音がするのが聞こえる。

「こら、ルーシェ!」

マインがたしなめるが、ルーシェは悪びれもない。

「マインさんだって~!ビッグボアに荷物全部めちゃくちゃにされちゃって、結局飯食ってないじゃんかよ~!」

「それは、そう、なのだけれど……」

「でしたら、いかがでしょう?ここで食事というのは……幸い、食料ならたっぷりある。若造が新しく仕留めもしたしね!」

ドラルクがウインクをする。三人は顔を見合わせて、こくりと頷いた。

「「「おねがいします」」!!!!!!!!!!!!」

+++

肉が焼けると、三人ののどがごくりとなるのが聞こえた。

「さ、どうぞ」

「ありがたい。では、頂戴します。……!!!う、うまい!」

「うめーー!こんなにうまいの初めて食ったかも!」

「ほんと、すごくおいしい……ビッグボアってもっと癖のある肉のはず……?」

「ほんとうめ~!おれ、こんなうまい肉だったらずっと食べていられるね!」

「ルーッシェったら……って、え?身体から光が……?ステータスオープン!」

やはり、ビッグボアの肉を食べた三人が光り始める。三人があわててステータスを確認すると、驚いたように叫んだ。

「攻撃力三倍の加護!?」

「こんな強い加護見たこと無い……!」

「食事をしただけで?」

がば、と六つの瞳がドラルクを見つめる。

「どうしましたかな?」

ドラルクが肩を浮かすと、ルーシェが叫んだ。

「ドラルクさん、すげーよ!マインねえちゃんの薬だってこんなに加護がついたりすることねーのに!」

「ン?加護???なんだいそれ」

「加護って、この光のことだよ!スゲ―光ってるじゃん!これ!魔法薬とか飲んだ時にでるやつ!」

「料理で加護をつけるなんて、そんなことできる人、初めて見ました……!」

「ハハハ、よくわからないが何かすごいことをしたということはわかったよ!さすが私!」

「調子に乗るな砂ぁ!……もしかしたらさっきのでけえのを倒したときに銃の威力が変わったのって、そのせいか?」

「え?武器にバフって効くんだ」

「わかんねぇけどよ、それぐらいしか理由が見つからねぇ」

「ふむ」

ひとしきり騒ぎが収まり、食事が終わると、ヤニがドラルクたちにお礼を言った。

「本当にありがとうございます。窮地を助けて下さったばかりか、食事までごちそうになって……」

「いいんですよ、困ったときはお互い様というでしょう」

「ヌヌヌヌ」

「そうそう」

「ありがとうございます。ところでお伺いしたいのですが、こんな辺境まで皆さんはどんな御用事でいらしたのですか?こんなに実力のある方々でしたら、王都やダンジョン都市でさぞかしご活躍でしょう。ここはそこまで強力なモンスターがいるでなし、貴重なアイテムがあるわけでもありませんし」

「ああそれですがね」

ドラルクはここに来た経緯を話す。

「にわかには信じられませんが、あなた方は別の世界…‥からいらしたと」

「そうです」

「何も知らない場所に放り出されては、大変でしょう。私たちに助けられることがあれば、なんでもおっしゃってください。まずは、近くに私たちの村がありますので、そこで生活拠点を築かれてみては?」

「どうする?ロナルド君」

「そうだな、他に行くところもねえし」

「ヌン!」

二人と一匹は頷きあう。しばらくは村で暮らして、それから帰る方法を見つけよう。そう決めると、ヤニも頷いた。

「では今日はもう日も暮れていますし、我々も走り通して疲れています。どうでしょう、明日の朝に出発するというのは」

「ごめん無理。私、日光に当たったら死んじゃう」

「えっ」

「ああ、こいつ吸血鬼だから」

「ええっ」

二人と一匹の冒険は始まったばかりだ。