ごはんをたべよう

締め切りも近い深夜、原稿をしている二人からは、おなかがぐうぐう鳴っている。
「おなかすいたぁ~~」
「もう冷蔵庫には何もないぞ」
「戸棚にラーメンがあったはず」
「ラーメン?」
「僕原稿やってるから、辻田さんお願いできない……?」
「オレが……?」
というわけで、台所に立ったナギリである。
戸棚から袋麺を取り出すと、まじまじと眺めて、どうすればいいか思案した。このあいだ食べたカップ麺と似たようなものだろうか?とすれば、お湯を入れればいい。しかし、この脆弱な袋には、お湯を入れられそうにもなかった。うんうん考えていると、袋に何か書いてあることに気が付いた。よく見ると、袋麺の作り方だ。
「なんだ、つくり方が書いてあるのか」
ナギリはほっとした。つくり方をよく読んでみる。500mlのお湯を沸騰させ、その中に袋麺をいれる。数分煮て、スープを入れれば出来上がりだ。
「案外簡単じゃないか」
さっそく湯を沸かそうとして、ナギリははたと気が付いた。お湯の量がわからない。
「クソッ、どうすれば……」
あわててあたりを探すと、コップがある。ぼんやりと、コップ一杯が200mlだった事を思い出した。ともすれば、二杯半も入れれば大丈夫だろう。
鍋に、ざばと水を投入する。ガスレンジに乗せ、つまみをひねると、チチチという音がして、火がつく。
「中火、とやらにすればいいんだな」
丁寧にパッケージには中火がどの程度の火なのかも書いてある。そのとおりに火を弱め、じっと待つ。壁に背中を預け、水がふつふつと沸いてくるのを見ていると、ふと、頭のすみに、何かの思い出が、掠めていく。ひどくぼんやりとした風景だ。机に、座っている記憶。それから、女が、どんぶりを持ってきてくれて……。
おかあさんがつくってくれたラーメン、おいしかったなぁ……。
「……?」
ナギリがぼんやりしていると、湯がぼこぼこと沸いてきている事に気が付く。あわてて、そちらに意識を移す。
麺を取り出して、お湯に入れる。三分がわからないので、少しずつ味見をして、ちょうどよい加減になればいいだろう。箸でかき混ぜると、固かった麺が徐々にほぐれていって、ラーメンらしい見た目になった。ちゅるり。食べてみれば、少し固かったので、様子を見る。
もう一度食べてみればちょうどよい加減になっていたので、スープを入れ、味をつけた。
それから、袋麺の横にあったどんぶりによそえば、ラーメンの完成だ。
「できたぞ」
持っていくと、神在月は原稿をどかし、ラーメンどんぶりを手にして湯気をかぐ。
「ワァ~ありがとう~~いいにおい……」
自分の分もおなじ要領でささっと作ると、どんぶりに移し、持っていく。部屋に戻ると、神在月は、食べずに待っていた。
「先に食べなかったのか」
「だって、二人で食べたほうが美味しいじゃない?」
「そういうものか」
二人で座ってラーメンをすする。自分でいうのもなんだが、初めて作ったにしてはよく出来ていると思う。
「おいしい~、ひさびさにしょっぱいもの食べる気がする……辻田さんありがとう」
ずるずる食べる神在月に、心の奥がそわ、とする。誰かの感謝の念は、悪い気がしなかった。
「フン、これくらいなら、造作もない」
「本当? ね、よかったら、これから時間あるとき、簡単なのでいいからご飯とかお願いしてもいい? 僕気が付いたらヨーグルトばっかり食べちゃうから、クワさんに怒られてるんだよね……もちろんアシ代は上乗せします!」
「いいぞ」
「……! ……! ありがとう、辻田さん……!」
手をがしりとつかまれて、感謝される。そうしてナギリは、料理の道の一歩を踏み出したのだった。

ナギリは悩んでいた。食事をつくってくれ、と頼まれOKしたが、実は料理はほとんどしたことがなかった。いまさら出来ないとはいえない。かといって知らないまま料理をしようとしても、失敗は目に見えている。さて、どうするべきか。
「そうだ……!」

「……それでうちの所に来たわけかね」
悩んだ末、ロナルドの事務所に来たナギリである。
「そうだ。料理を教えてもらいたい」
「まぁ、ギリギリさんにはジョンがお世話になっているから、いいけど。どこから知りたいの?」
ひざの上のジョンを撫でながら、ドラルクが聞く。
「最初から教えろ。あとできれば簡単に出来てすぐ食えるものも知りたい」
「わかった。じゃあ、今日はお米を炊くところからはじめようか。ギリギリさんの住んでいるおうちって、炊飯器ある?」
すい、と炊飯器を指差す。指差した先をみて、ナギリがうなずく。
「あれならシンジの台所にあった」
「そう、それなら大丈夫だね。お米を炊いたら、それでおにぎりをつくろう。それならすぐ食べられるしね」
「頼んだ」
というわけで、今日は米を炊く事に決まった。

「お米はね、カップで計ります。すりきり一杯で一合。これを、今日は三合炊くから三杯だね」
カップをナギリに渡す。ナギリは渡されたカップをまじまじと見た。
「これは、軽量カップではないのか?」
「ちょっと違うよ。少し小さくて、普通の軽量カップは200mlなんだけど、こっちは180mlなんだ」
「面倒だな……このカップはどこで売っている?」
「うーん、どこでもあると思うよ。百均とか。お米炊く人は必ず持っていると思うから、一回探してみるといい」
「わかった」
受け取ったカップで、米を内釜に入れる。一杯、二杯、三杯。ざーっ、ざーっという音が、事務所の中で響く。
「そうそう。丁寧だね。いいねいいね」
「?普通だろう」
「ロナルド君とかさあ、こういうの雑で。多すぎたり少なかったりするから、お米の炊きあがりがまちまちになっちゃうんだよねぇ。だからこういうのきっちりできるのはいいことだよ」
「そういうものか」
ナギリが立ち上がると、ドラルクがシンクへと進む。
「つぎはお米を洗います。最初は水を入れたらすぐに捨ててね。最初が一番お米が水をすうから。お水は全部捨てなくていいよ。お米をこぼさないように静かにね」
「わかった」
水をいれ、すぐ捨てる。水を捨てるとき、米がこぼれそうになったので、あわてて戻した。それでも米が数粒、水流にのってシンクにこぼれていってしまった。ひろって内釜に戻す。
「こ、これくらいでいいのか……?」
「大丈夫だよ。じゃあ、お米洗うんだけど、よくみててね」
ドラルクが米をジャッ、ジャッ、と研ぐ。
「じゃ、やってみて」
「こう、か?」
「うまいうまい」
おっかなびっくり米を研ぐナギリに、ドラルクがほめる。
「じゃあ、あとは水を入れて、一回捨てる。最近は精米がよくできてるから、研ぐのは一回でいいよ」
「そんなものなのか」
「うん。面倒なときは研がないでお水ですすぐだけでもいいし」
「わかった」
研ぎ終わると、ドラルクが言う。
「じゃああとは、水を入れて……。ほら、3ってここに書いてあるでしょ?そこまでいれる。あと塩もいれよう。おにぎりは塩をまぶすんだけれど、一個ずつまぶすのは面倒だからね。それで、スイッチ入れればおしまい。タイマーの使い方は知りたい?」
「使うかはわからんが知っておきたい」
「わかった、機種が違うかもしれないけど、基本的なイメージはいっしょだから、教えておくね」
タイマーの使い方を教えた後、炊飯器のスイッチを押す。
炊き上がりを待つ間にジョンと遊びながら会話をした。
「どうして料理を覚えようと思ったの」
「この間、初めて袋に入っているラーメンを作ったんだ。そのあと、飯を作ってくれないか、といわれてな。つい了承してしまったんだが、オレは料理というものをこのかた作ったことがない。それで、お前のことを思い出したんだ」
「なるほどねぇ」
「(ドラルク様の料理はとってもおいしいもんね!)」
「ふふ、ほめても何もでないよ」
ジョンの腹毛をわしゃわしゃとすると、ジョンがヌー♡とうれしそうに鳴く。

炊飯器から湯気が立ち始め、お米の炊き上がる、よいにおいが立ち込める。ピーという音がして、米がたけた合図があがる。
「あ、お米たけたねえ、いこうか」
「ああ」
二人が立ち上がり、炊飯器のそばへ行く。ふたを開けると、そこにはぴかぴかの白米が炊き上がっていた。
「よく炊けているね。じゃあ、これをしゃもじで切るようにして混ぜてね」
「こうか?」
「そうそう、お米の粒をつぶさないように……。ギリギリさんは筋がいいねぇ」
切るように混ぜると、米の匂いがぶわりとナギリの顔に当たる。
「う、わ……」
「ふふ、大丈夫?」
「ああ……」
「お米が混ぜ終わったら、ボウルにいれて、ちょっと冷ますんだ。でないと炊き立てのご飯なんて熱くて死んじゃうからね。ラップを敷いて、そこにご飯を置く。つつんでからかるくぎゅってやれば完成だよ」
「ふむ、こうか」
「そうそう、うまいね!」
つぎつぎとおにぎりを作っていくナギリ。おにぎりは、形も整い美しいできばえだ。
そこへ、ジョンがヌンヌンと近寄ってくる。おにぎりが目当てだ。ジョンは、キッチンで立つ二人に近寄ると、とっておきのかわいい顔でナギリにおねだりする。
「(ギリギリさん、食べていい?)」
「いいぞ」
ちょうど包んでいたおにぎりを渡す。
「ヌー♡」
うれしそうな声を上げ、おにぎりを食べるジョン。ぱくりと口に入れると、
「(おいしい!)」
と笑顔で言った。これにはナギリもうれしくなってしまう。
「ヒヒ、もっと食べるか?」
「ヌー!♡」
「あんまりあげないでね、ご飯食べられなくなっちゃうから」
ドラルクの静止がかかるが、ジョンは結局、ナギリが握っただけ食べてしまって、注意を受けることになった。

「あ゛あ゛~~おわらないよおおおおおお」
「うるさい、作業に集中しろ」
修羅場中はいつもさわがしい。神在月が作業用BGMだといって宇勇をかけたり、眠気覚ましにとしゃべったりしているからだ。その中で、ピーという、米のたける音が響いた。
「米がたけたな。握り飯をつくるから、それまでにこのページを終わらせておけ」
「うええ……おにぎり……がんばる」
ナギリが立ち上がり、台所に向かう。炊飯器を開けて、すこし食べてみる。ちょうどよい具合だった。ご飯を移そうとしたが、おおきいボウルがなかったので、鍋に移して御飯を切るように混ぜる。
それから、ラップを使っておにぎりをつくると、皿に盛って、完成だ。ついでに味噌汁の素もあったので、作り方を見ながら作っていく。
「よし、できたぞ」
味噌汁とおにぎりを持っていくと、神在月がうれしそうに声を出す。
「わぁい! おにぎり~! おいしそう……」
「作業は終わったか?」
「なんとか……」
ちゃぶ台に皿を置いて、味噌汁もおいておく。神在月も台所にいくと、手を洗って、戻ってきた。ちゃぶ台の前に座ると、手を合わせて、
「「いただきます」」
といって食べ始めた。
「あっおいしい。塩味が満遍なくある。これって炊く前に塩を入れたの?」
「そのほうが面倒くさくないからな」
「塩おにぎりって一番好き……。味噌汁とよく合うし、シンプルで素材の味がわかるっていうか……」
「気に入ったか」
「うん。辻田さん、ありがとう」
その笑顔に、ナギリは、料理を作るのも悪くないな、と思うのだった。

神在月に秘密に料理を習いに来て、二回目の今日、二人と一匹は応接間でお茶を飲んでいる。
「前回のおにぎりは感謝する。あのバカが喜んでいた」
ナギリがそう報告すると、ドラルクがうれしそうに微笑んだ。
「そう? よかった」
「ああ、それで今回だが……」
ナギリが言いかけると、
「(ジョン、ホットケーキ食べたい!)」
ヌイ!とジョンが前足を上げた。
「ふうん、ホットケーキねえ、確かに手軽に出来るね。ギリギリさん、今日はホットケーキなんてどう?」
「丸の提案が悪い訳がない。今日はホットケーキとやら、頼んだぞ」
「ヌーイ!」
「じゃあ、早速準備をしようか」

ドラルクが戸棚からホットケーキミックスを取り出しながら言う。
「今回は私は見てるだけでいいかもねえ。作り方ものってるし」
「そうなのか」
勝手がわからないナギリは、ソファに座ったまま、ジョンを撫でている。
「基本的に混ぜて焼くだけだからねえ。私、うしろで様子みてるから、ちょっとやってみない? っと、ギリギリさん、準備できたよ」
「……やってみよう」
ジョンを抱き、ドラルクのところまで行く。
ジョンをドラルクに渡すと、ドラルクは、ありがと、といって話し始めた。
「ギリギリさん、今日の材料はこれね。ホットケーキミックスと、卵と、牛乳」
「フム……」
「量は書いてあるから、計ってみてね。軽量カップの使い方はわかるよね?」
「わかる」
「じゃあ、やってみよっか」
目の前に置かれた軽量カップをまじまじと見、次に、ホットケーキの箱をみて、作り方をよく読んだ。
「牛乳は150cc……軽量カップ三分の二だな」
牛乳を軽量カップに入れるとボウルに注ぎ込んで、次は卵を割りいれる。卵を手にとって、ナギリはぴたり、と止まった。
卵の割り方がわからない。
固まってしまったナギリの様子に、ドラルクがどうしたのか、とそばに寄ってきた。
「なにかわからないこと、あった?」
「卵の割り方がわからない……」
「ああ、確かに。はじめてだとわからないか、ごめんね。こうやるんだよ」
シンクのふちに卵をぶつけると、その割れ目に指を入れ、ぱかと卵を小さな鉢に割り入れる。
ギリギリさんも割ってみて、と卵を渡されて、ナギリも見よう見まねに卵を割れば、黄身はつぶれてしまったが、なんとか、からは入らずに出来た。
「む、う……」
「いいんじゃない?」
「そうか?」
「うん。上出来、上出来」
「ヌー!」
ドラルクが自分の割った卵をラップをして冷蔵庫にしまう。ナギリはそれを見て、自分の割った卵を、おそるおそる牛乳の入ったボウルに入れた。
そして、粉の袋を開けて、ざあっとボウルに開ける。ホットケーキの甘い香りが台所にただよう。
「おい、このまるい、線で出来ているものはあるか」
「ンン?……ああ、泡だて器ね、あるよ。これ」
ドラルクがしまってある泡だて器をだして、ナギリに渡す。ナギリがゆっくりと泡だて器でボウルの中身をかき混ぜる。すると、粉と液体だったものが混ざって、どろりとした生地になった。
「生地が出来たから、次は、フライパン……ああ、これか」
「うんうん」
フライパンをコンロに置き、は、と気づく。
「おい、これはテフロンか? 鉄か? というか二つの違いはなんだ。教えろ」
「えーっと、テフロンは空焚き……なんにも乗せないで火をつけるのがだめで、鉄は大丈夫なんだ。これはテフロンだから、なんにも乗せないで火をつけちゃだめ」
「わかった」
お玉をつかってフライパンに生地を流し込む。ぽた、ぽたと数滴フライパンにこぼれながらも、生地を丸くすることが出来た。中火で火をつけ、しばらく待つ。
ぷつ、ぷつ、と気泡が出てきたので、フライ返しを使ってひっくり返す。すると、狐色のきれいな生地が現れた。
「お、いい感じだねぇ」
「(きれいな色!)」
さらに二分、じっくりと待つと、フライ返しでホットケーキをすくい取り、皿にのせる。
小さくこぼれたホットケーキも皿のはしによけておいた。
「こんなものか」
振り返って、ドラルクに見せると、
「そうそう、ギリギリさん上手だねえ」
というので、ナギリは安心したように息を吐いた。
「(ギリギリさん、その端っこの、ジョンにちょうだい?)」
「ほら、これでいいのか?」
カリカリになっているこぼれたホットケーキを渡すと、ジョンは、うれしそうに食べ始める。
「(クッキーみたいでおいしい!)」
「なに、クッキー!?」
クッキーと言われて、ヒナイチが床下から飛び出してくる。
「ウワッ、ウワーーーーーーーー!?!??!?!」
突然のことに、ナギリが驚いて叫んだ。ドラルクとジョンはなれたもので、ヒナイチに、
「今日はホットケーキだからクッキーではないよ」
と言っている。
「何……クッキーではないのか……しかしホットケーキか、おいしそうだな」
「よかったら食べてく? 練習代わりにたくさん焼いてもいいし」
「いいのか?」
ぱあっと顔を明るくさせるヒナイチ。
「……いいよね?ギリギリさん」
「何で普通に会話しているんだ貴様ら! お前は吸対の女じゃないか! どうして床下から出てくる!?」
「ああそうかギリギリさんは知らないのか」
かくかくしかじかと説明をすると、ようやく納得してもらえて。ホットケーキが焼きあがるまでヒナイチは応接間のソファでジョンと待つことになった。と、同時にロナルドも帰ってきたものだから、ホットケーキの追加分が増える
「さて、ホットケーキ焼こうか、ヒナイチくんと若造も帰って来たから私も焼くね。さっきの卵つかっちゃお」
とういわけで二人は猛然とホットケーキを焼きだした。焼き時間に少し話をする。ナギリがドラルクに言った。
「焼いていてわかった。確かに手軽ではあるが、時間がかかるな」
「そうだねぇ……簡単なんだけど、一枚で数分かかるしねえ……一人三枚として、こうやって大人数分を焼くとちょっと大変かもね。でもまぁ、お米を炊く時間を五十分として、それに比べれば、短いかな」
「そう考えれば、たしかに……と、焼きあがったぞ」
そうしてすべてのホットケーキが焼きあがると、ドラルクが冷蔵庫からスプレータイプのホイップクリームとチョコレートシロップ、そしてアイスクリームを取り出してきた。果物かごからはバナナも持ってくる。
「ホットケーキは普通、バターとハチミツかケーキシロップで食べるんだけど、今日はみんな来てるしちょっと豪華に行こうか。あとはわたしにまかせてもらってもいい?」
「ああ」
「ありがと」
そういって皿に盛ったホットケーキに、アイスをのせ、ホイップクリームをぷしゅ、と添える。バナナを斜めに美しくカットすると、その上に飾りつけ、さらに全体的にチョコレートシロップをかける。彩りにどこにあったのかミントの葉まで添えると、あっというまに豪華なパンケーキが完成した。
「パンケーキはこんなに派手に出来るのか」
「そうだよ、いろいろカスタム出来るのがホットケーキのいいところ。ギリギリさん、これあっちの五歳児たちのところへ持っていってもらえるかな?私はカトラリーを持っていくから」
「わかった」
ナギリが皿を持っていくと、ロナルドたちから歓声が上がる。
「チョコレートとバナナだ! それにアイスクリームも乗ってる!!」
「(おいしそう~♡)」
「うむ! うまそうだ! これは、もう食べていいのか?」
今にも食べたそうなヒナイチに、ナギリがまてをする。
「手づかみで食べる気か? 今あいつがかとらり? を持ってくるからもう少し待て」
「はいはい~お待たせ、ドラちゃんだよ。はい、ナイフとフォーク」
ドラルクがナイフをフォークを渡す。みんなが、嬉しそうに食べ始めた。
「やっぱりチョコレートとバナナに間違いはないぜ。ホットケーキもきれいな色だし……え? 焼いたのナギリ? あんた料理上手なんだな」
「ヌッ♡ ヌッ♡」
「ふわふわでしっとりしていて…おいしいな!」
美味しそうに食べるロナルドたち。ナギリも自分の分を一口食べてみる。ふわふわとした感触と、甘い匂いが口のなかに広がる。
「どう? 初めてのホットケーキは」
ドラルクが飲み物をついでナギリに渡す。
「なんていうか、甘い」
渡された飲み物を口に入れると、ふう、と一息はいてナギリが答えた。
「ギリギリさん甘い物苦手?」
「わからん。食べようと思えば食えるが、多くはいらない」
「そっか、無理そうだったら、残してもいいよ。おうちで作るときは食事系のホットケーキでもいいかもね。チーズをのせたりして、マヨネーズとか、ケチャップかけて食べるの。目玉焼きやソーセージのせたりとか」
「そちらのほうが、いいかもしれん。確か冷蔵庫にスライスチーズとソーセージがあったはずだ」
うなずくナギリ。それを聞いて、ロナルドが興味をしめした。
「ドラ公、俺もその食事系のホットケーキ食いてえ。甘いもんくったから、しょっぱいものも欲しい」
すでにぺろりとホットケーキを食べ終えたロナルドである。一仕事終えて、おなかがすいているのだろう。一皿では、物足りないらしい。
「なに、ドラルク、次もあるのか!?」
「ヌイ!?」
「もうホットケーキの粉、ないから! 焼かないよ!? 」
あわてたようにドラルクが言うと、二人と一匹が残念そうに肩を落とした。
***
さて、いつものように修羅場に突入した神在月。ナギリはやることがなくなってしまい、手持ち無沙汰だった。
「おいクズ、次のページはまだか」
「すいません、ありません……俺は蓋についたヨーグルト……」
言動はともかく、頭がぐらぐら揺れて、だいぶおかしくなってきている。ナギリがちら、と時計を見るとそろそろ食事の時間だった。
「チッ、今日はメシを作ってやるから、出来るまで少し寝ろ。それで、食ったらまた作業するぞ」
「わ、かった……」
そのまま机に顔をうずめると、すーすーという声がもれ聞こえてくる。ナギリはふう、と息を吐くと、作業に取り掛かった。
この間購入したホットケーキミックスを取り出す。作り方を見てみると、基本的な材料はいっしょだったが、事務所で作ったものと分量が違う。
「見ておいてよかったな……」
生地を作ろうとして、ふ、と疑問が頭をよぎる。あの量を食べきれるだろうか。一袋三枚は意外と量が多い。二人で一袋でもよいのではないだろうか? そうすると、一枚を分けるとして、残った一枚はどうやってわけようか。半分にする?
「……小さく焼いてみるか」
生地を小さくたらすと、小さいホットケーキが数枚、同時に焼ける。小さい分、焼き時間も早めに調節した。
ホットケーキを焼き終わると、お皿に盛る。何枚かは別においておいた。おかわりをされたときに出せばいいだろうと思ってのことだ。
あたたかいうちにスライスチーズを乗せると、ホットケーキの熱で、チーズがとろりととろける。次は目玉焼きとソーセージをおなじフライパンで焼いてしまうと、お皿にいっしょに盛った。冷蔵庫にあった袋入りのミックスサラダの残りも飾ってやると、なかなかに見栄えのいいホットケーキが出来て、ナギリは満足げにうなずいた。
「おい、おきろ」
「へぶッ、アッ……なんだか甘い匂いがするね?」
「今日はホットケーキだ」
「ホットケーキ!」
いそいそと神在月がちゃぶ台に移動する。ホットケーキを見て、歓声を上げた。
「おおっ、カフェ飯っぽい……! しょっぱい系のホットケーキなんだね。おいしそう!」
「うるさい、はやく食え」
「はい、すいません、たべます。……いただきます」
「いただきます」
神在月が、ナイフで目玉焼きを切ると、とろりと黄身があふれる。わ、と驚いたようにパンケーキを切り分けて、黄身に浸し、口に運んだ。
「~~~っ! ホットケーキの甘さとチーズのしょっぱさがまじって……黄身の濃厚さもまじって、うまっ……」
「ふむ、小さく作ったが、あれで大丈夫だったようだな。甘いやつより、こちらのほうがいいな」
ナギリがうなずいた。
「ホットケーキって、おやつっていうか、シンプルなイメージがあったけど、こういうふうに食べるとすごく豪華だし、ごちそう感があるねぇ」
はふはふ、と食べ進める神在月。小さめだが、目玉焼きや、ソーセージのおかげでボリュームがある。食べ終わると満足げに目を細めた。
「おかわりもあるが、どうする」
「えっ、どうしようかな……まよう……うーん、今日はいいや。また今度にする」
「そうか、では残りは冷凍しておく」
「ありがとう~。おなかもいっぱいになったし、今なら原稿も進む気がする! がんばる」
「せいぜいあがけ」
皿を片付けようとすると、食べ終わったにしてはやけにきれいな神在月の皿に目が行く。黄身まですくって食べたのだろう。気に入った様子に、ヒヒ、と小さく笑った。
「あ~~~やっぱり駄目だ~~!!!」
神在月の声が後ろから聞こえてくる。きっとまた、作業机に突っ伏しているのだろう。ナギリは、
「バカ、クズ、オレが皿を洗う間に一コマでも進めておけ!」
といって、猛然と皿洗いをはじめたのだった。