とあるVRC職員の業務内容もしくはある二人の手紙のやり取りについて

朝からVRCの入り口が騒がしい。マスコミが押し寄せているのだ。

 今、ここには特A級で指名手配されていた辻斬りが収容されている。長年恐れられていた吸血鬼がようやく捕まり、世間の目は一気に彼に向いている。記者たちはセンセーショナルに辻斬りの事を書きたてた。

 その中には、少しでもネタを集めようと、辻斬り自身に手紙を送る者もいた。

 毎日届く手紙の山を手に取る。どんな手紙が送られてきたか、検閲をするのが私に割り振られた仕事だった。

『あなたの本を出したい。有名になりたくなりませんか?』

『今までの凶行、あなたは被害者に対して心が痛まないのですか?』

『あなたの犯行は素晴らしい、あなたのようになりたい』

 何十通もの糾弾の声や、時には称賛の声が届く。たとえ全く興味のない手紙でも、届いたことと、返信をするかどうかは彼に聞かねばいけない。まぁ、答えは全てNOだろうが。

 次々と手紙を開けて、中身を見ていく。正直どれもこれもつまらないので、ほとんど作業的に流し読みをするだけだ。一通の手紙を読み終えそして、また一通の手紙を手に取る。これも同じような内容の手紙だろうと、封筒を破り中身を見る。それは、こんな風に書かれていた。

『辻田さんへ

 テレビに辻田さんの名前が出ていて驚きました。

 僕はテレビといったらアニメぐらいしか見ないし、新聞も取らない方なんですが、そんな人間でも毎日辻田さんの名前を見ない日はありません。どこもかしこも君の話題でもちきりです。

 そこで知ったのですが、辻田さんの下の名前はナギリというんですね。辻田さんとの仲は長くはないですが、それなりに親密な関係だったと思っていました。それなのに僕は君の名前が辻田さんということしか知らないのでした。それがなんだかさびしくてたまりません。

 また手紙を書きます。それではまた

神在月シンジ』

 少し癖のある字。それでも丁寧に書かれている手紙は、これまできた手紙たちと違ってぎらぎらとした欲望を感じさせないものだった。辻田さんとは、辻斬りナギリのことだろう。彼と、親しくしていた人物からなのだろうか。

 ナギリに、神在月シンジという人物から手紙が来たと伝える。ナギリは、「アイツから……?」と小さくこぼしたが、手紙を受け取ろうとはしない。私は、その手紙を他の手紙と同じようにゴミ箱に捨てた。

 それからしばらくたち、報道や送られてくる手紙の量が少し落ち着いた頃。神在月シンジから再度手紙が送られてきた。

『辻田さんへ

 辻田さん、お元気ですか?僕はそれなりに元気です。最近はアロエ入りヨーグルトが気に入っていて、たくさん買っています。

 クワさん(辻田さんは会ったことあったっけ? 僕の担当さんで、ゴーグルをつけて、コピシュを使う元忍者の人です。)には怒られる毎日です。もっとご飯を食べろということです。

 以前は辻田さんがつくってくれていたので、僕もいろんなものを食べることが出来ていましたが、辻田さんがいなくなってから、すっかりヨーグルトばかり食べる生活に戻ってしまいました。

 そうそう、辻田さんが担当してくれた回がそろそろ単行本になりそうです。スペシャルサンクスの欄に君の名前を入れたいのですが、どんな名前を書いたらいいでしょうか。辻田さんだけにしますか? 教えてくれると助かります。』

 ナギリに神在月シンジから手紙が来たと伝える。彼は「そうか」とぽつりと言い、しばらく黙る。けれど、手紙を受け取ろうとはしなかった。

 辻斬りがVRCに入ってから季節がひとつ変わった。あんなに送られてきた手紙たちは、今ではぽつり、ぽつりとしか来ない。手紙を送った者たちは、もう次のニュースに夢中なのだろう。そんな中、また、神在月シンジの手紙がやってくる。

『辻田さんへ

 前回書いた単行本の件ですが、お返事がなかったので辻田さん名義にしました。ほかに呼ばれたい名前があったら今度からそうするから教えてね。発売されたら送ります。

 本を読み返すとあのときの事がまざまざと思い起こされます。あの時はアシスタントさんが急に抜けて、ヘルプのアシスタントもなかなか決まらなくて、しかも締め切りは来るものだから本当に、本当に困っていました。そのときに君がきてくれて、助かったの一言では言い表せないくらい、うれしかったです。

 それから君は僕が困ったときにふらりときてくれて、原稿を手伝ってくれるので、とてもありがたかった。君が来てくれたから、僕はあの時期締め切りまでに原稿を終わらせることが出来ました。ありがとう。

 何度お礼をいっても言い足りないです。君は僕の恩人です。

 神在月シンジ』

 あいかわらず純朴な内容の手紙。ナギリに伝えると、「また来たのか」とこぼす。

「おい、文通をするかとか言ったな。これに返信するにはどうすればいい」

 私は、便せんと鉛筆を渡す。ナギリはそれを受け取ると、ずいぶんと長いことかけて手紙を書いた。

「これを送れ」

『何回も手紙を送ってくるな。わたされるごとに読むか読まないかをかくにんしないといけないのがうっとおしいんだ。おれはつじぎりで、はんざい者だ。つかまった身だ。いちじき付き合いがあったかもしれないが、お前とはもう関係ない。それに、マンガ家って言うのは人気しょうばいなんだろう。おれとせっ点があるなんてわかったら、問題になるんじゃないのか? わかったならもう連らくをよこしてくるな。』

 まるでみみずがのたくったようなひどい文字。小学生のほうがまだましな文字を書くだろう。文章は大人のそれなのに、漢字や、文字の汚さがひどくちぐはぐに感じられる。

 私は、それを神在月シンジへ送った。

 返信はすぐにやって来た。

『辻田さんへ

 辻田さんから返事をもらえたのがうれしくて、何回も読み直してしまいました。僕のことを心配してくれてありがとう。

 でも大丈夫だよ、君がアシスタントをしてくれていたのは、君が捕まったと知った時に吸対の人……ケイさんという方に話してあります。このことはメディアには秘密にしておいてくれるということでした。

 僕が手紙を書きたいと言ったら、良い考えだと後押ししてくれたのもケイさんです。自分も手紙を送りたいといっていたので、もしかしたらケイさんからの手紙も届いているかな?』

『手紙を出すなと書いたはずだ。同じ事を何回言われればお前は理かいするんだ?

 あいつからの手紙はお前のさしがねか。おまえたちにはそろいもそろってうんざりだ。おれにかかわるな。』

『辻田さんへ

 ごめんなさい。手紙は書き続けると思います。だって、僕、辻田さんとの接点をなくしたくないと思っているから。

 辻田さんが来なくなってから、もう来てくれないのかな、と残念な気持ちと、何かあったのかなと不安になる気持ちとがないまぜになって、ずっと心がもやもやしていました。

 怪我をしていたらどうしよう、事故にあっていたら? 倒れていたら……? と、ずっと不安がぐるぐるして、すごく心配していたんだ。

 かぼそいつながりですが、ずっと繋げたいと思っています。

 だから、君に手紙を送ります。』 

『かってにしろ。』

『辻田さんへ

 辻田さんが手伝ってくれている箇所が載った新刊が発売されたので一緒に送ります。話の流れがよくわからないかもしれないので、既刊も一緒に送りました。

 辻田さんの手伝ってくれている場所は××ページから。ここから、次の巻までずっとあります。君が手伝ってくれたからこの巻が出せました。改めて御礼を言います。

 アシスタント代ですが、ずっと渡せなかった分もあわせて送ります。それも確認してくれると助かります。刑務所だと、いくらか使う機会があるそうですが、VRCでは、使う機会はありますか? 調べてもよくわからなかったのですが、もしそうだったら使ってください。他にも、欲しいものがあるようだったら教えてください。出来る範囲で送ります。』

『おっせかいにもほどがあるぞ。

 まぁ、マンガはわるくなかった。』

『辻田さんへ

 感想ありがとう。漫画家は誰かの感想で生きているといっても過言ではありません。とてもうれしいです。そういってもらえると、描く力が湧いてきます。

 原稿は遅いですが、がんばります。

 今週も正直ギリギリ マジで』

『バカ クズ 少しほめれば調子にのりやがって。さっさとかけ。こんな手紙書く前に原こうを終わらせろ。今週のしめ切りはいつだ。

 お前、おれ以外のヘルパシをちゃんとみつけているんだろうな。おれが言うことじゃないが人にめいわくをかけるな』

『辻田さんへ

 おっしゃるとおりです……。先日の原稿は本当にぎりぎりになりましたが、終わらせることが出来ました。

 今回はちゃんと原稿を終わらせてから書いています。安心してください。アシスタントさんは臨時の方を雇ってだましだましというところでしょうか。

 原稿は終わらせたと思ったらまた来るのはなんででしょうね。不思議です。

 毎回必死で終わらせていますが、ネタを出すのも遅いし、なによりいいアシスタントさんがいないのが痛いです。最近はアナログで描く人があまり多くないので。辻田さんみたいなアシスタントは本当に貴重です。君さえよければ、また僕のアシスタントに入ってほしいな。』

『お前は本当にバカだ。つじぎりがバレたおれをアシスタントに使おうというのか? おそわれて、血をすわれるとは思わないのか? おれがちょっと刃をすべらせれば、お前なんてあっという間にズタズタだ。ひん弱だからていこうも出来ないで死ぬだろうな。まぁ、度きょうだけはほめてやる。』

『辻田さんへ

 だって、今までに辻田さんが血を吸おうと僕の事を襲ったことはなかったし。

 いや、殴られたりはしたけど。それだって僕が仕事しなかったからでしょう。辻田さんの誠実さや有能さはよく知っています。

 それに、辻斬りが凶悪犯って言われてはいるけど、今回捕まったのだって、子どもを助けようとして皆の前で血の刃を出したからだと聞いています。そんなひとが悪い吸血鬼だとは思いません。

 なので、全部償い終わったら、僕のところにきませんか。待ってます。』

『バカもここまできわまるとこっけいだな。まぁ、でも、そうだな。考えておいてやる。こうえいに思え。』

『辻田さんへ

 本当? うれしいな。ありがとう。ぜひぜひよろしくお願いします。辻田さん大好き。

 実を言うと断られたらどうしようってドキドキしていました。辻田さんは器用でなんでも出来るひとだから……一世一代の告白でもしたような気持ちでした。

 でも、よかった!楽しみだなぁ。また辻田さんと一緒に仕事が出来る日を願っています。』

『大好き、とか告白とか、へんな言葉を使うな。

 いいか、もう一度言う。へんな言葉は使うんじゃない。』

『辻田さんへ

 変な言葉は使っていないと思ったのですが、誤解を招くようだったら謝ります。気をつけるね。

 でも辻田さんの事を大好きなのは本当なので、ほかにどうやって言い表せばいいのかわかりません。

 信頼している? とても好感が持てる? 頼もしいひと? 難しい。僕の語彙力ではやっぱり大好きがぴったりだと思います。

 君は、いつも僕を助けてくれる素敵なひとです。』

『本当に、そういう所だぞ。ああもう! このアホ。

 お前に何かきたいしたおれがバカだった。お前はそういうやつだった。』

『辻田さんへ

 僕なにかしちゃった? ごめんね。

 ところで、最近新しい宇勇のコミックが出たので一緒に送ります。歴史のある作品ですが、こういう風に新しい作品が出続けるのはとてもうれしいものですね。原作があるから同じストーリーなんだけど、それを絵や時代が変わるとまた違う味わいがあるというか……

 本当はDVDボックスとか一緒に送りたいんだけど、そちらは再生する機械は使えますか?

 もしよかったら教えてください。』

『聞いたところ、きかいはなかった。だが、置いてもいいとのことだった。

 おれがとくべつなぷろぐらむ?とやらをうけたらいいらしい。ないようを聞いたが、小、中学校のじゅ業みたいなことだと言っていたので、おれはうけてもいいと答えておいた。

 よろこべ。

 マンガもうけとった。なかなかおもしろいな。おまえのマンガと同じくらい、おもしろいとおもう。わるくない。

 あと、ボックスは箱だろう。箱を送ってどうするんだ?』

『辻田さんへ

 DVDボックスはDVDがいっぱいはいった箱のことです。宇勇のDVDが全話分入った素敵な箱ですよ。用意できたら一緒に送りますね。

 機械の件よかったです。辻田さんと宇勇の話ができると思うとすごく楽しみです。

 辻田さんもこれから勉強をするということで、大変だと思うけれどがんばってください。

 それと最後に宇勇と僕のマンガを褒めてくれてありがとう! 宇勇はこれからどんどん面白くなっていくので、ぜひ話し合いましょう。DVDと内容がかぶるけど、それは新旧の違いで楽しんでね。新刊が出たらいっしょに送ります。

 僕のマンガと同じくらいおもしろいって言ってくれて本当にうれしい。宇勇は僕の根幹にまつわる大好きな作品なので、その作品と同じくらいって言われると、僕は恐れ多いきもしつつ、もうふにゃふにゃにうれしくなってしまいます。ありがとう。』

『DVDボックスとはそういういみか。

 それと、DVDのさいせい機がせっちされたぞ。ほかのやつらがそれぞれもちよって、好きなえい画をみているので、まざっておれもすこしはえい画を見るようになった。

 じゅ業はかん字のかきとりや社会、かんたんなさん数をやっている。』

『辻田さんへ

 再生機はやいね! よかったです。ボックスも準備できたので一緒に送ります。

 VRCのみなさんはどんな映画を見ているの? ちょっと気になります。

 授業が順調そうでなによりです。』

『いろいろあるぞ、古いえい画が多いが、さい近のえい画もある。

 なんだかんだ人とかかわってきたきゅうけつきがおおいので、人間の文化にぞうけいが深いようだ。

 だが、さすがにしょく員がひるを食べるときに見に来るのはどうかとおもう。(もちろん、ガラスごしだが)

 べん強はおもしろい、とおもう。おれを教えているしょく員は、べん強をして、いろいろなちしきをつけると人生が楽しく、生きやすくなる、と言っていた。さん数や、社会だけでなく、おれが生きるためにみにつけてきたものだって、りっぱなちしき、けいけんだと。きっとまた、ちがうところで役に立つだろうと言っていた。

 おれのちしきは人を切るいがいにどうやってやくだつんだろうな。

 DVDボックスをうけとった。あまり一人でさいせい機をつかえないので、一日に一話見ることになった。』

『辻田さんへ

 他の吸血鬼の方と仲がいいんですね。辻田さんは面倒見がいいので、きっと多くの人から好かれるんでしょうね。職員の方が来られるのも、映画が見られるのもそうですが、辻田さんとおしゃべりしたいからかもしれません。

 僕も辻田さんとおしゃべりしたいなぁ、ちょっとVRCのみなさんがうらやましいです。

 勉強は、そうですね、その職員さんの言うとおりだと思います。僕も、学生のときは勉強に対して情熱を持たない人間でした。でも、今になってわかったのですが、知識を身につけると、マンガがどんどん面白くなっていくのです。知識や経験があると、マンガが豊かになります。

 きっとそれは、マンガの話だけではないと思います。

 辻田さんの経験は他の人には得づらいものだと思います。それは辻田さんの武器です。武器は何かをやみくもに傷つけるだけのものではありません。使い方を変えればきっともっとすごいことができると僕は思っています。

 DVDボックスも無事届いたようで何よりです。楽しんでくれるとうれしいな。』

『すかれているのか……? おれはあの中では、わかいほうのきゅうけつきらしいので、おさな子を見るような目に近いような気がする。ふにおちん。おれが、べっしつでべんきょうをしてもどると、なぜかこっそりアメをわたそうとしたりしてこようとする。

 というか今気づいたのだが、なんであいつらはしゅうようされているのにDVDやアメをもっているんだ……? なぞだ。

 あと、会いたければVRCに来ればいいだろう。ドラルクがこの間来ていたので、めんかいしゃぜつというわけではないとおもう。

 おれの今までつちかってきたけいけんがどうなるかはわからん。だが、そうだな、おまえのところのヘルパシにはやく立ったからな。なにがどこでやくに立つのかはわからんな』

『辻田さんへ

 まって、会えるの!?!?!? 僕、てっきりそういうの無理かと思っていました。

 今度お伺いしますね。なんだか、どきどきしますね』

『おれはべつにどきどきはしないが。まぁ、かってにこい。』

『辻田さんへ

 先日VRCに行きましたが、ぼくは面会が出来ないようです。 

 条件がいくつかあって、僕は当てはまるかな、と思ったんですが、駄目でした。

 僕と辻田さんとの間柄は法律ではなにも関係がないといわれているようで少しかなしいですね。わかりやすい関係って何でしょうか。やっぱり結婚とか? いっそのこと結婚しませんか? なんてね』

『残念だったな。』

『辻田さんへ

 そろそろ寒くなってきましたね。僕は寒いのに弱いので毎日大変です。さむいと指がかじかむので暖房をつけっぱなしにしているのですが、そうすると空気は乾燥するし、光熱費もかさむのでつらいです。加湿器を買おうか迷うところです。

 マスクをつけていると喉はまぁまぁうるおうんだけど、肌や手がもうかさかさになっちゃうんだよね……。

 なので最近は風呂に保湿系の入浴剤を入れたり、ハンドクリームを塗ったりしています。ハンドクリームは原稿用紙につくと染みになっちゃうので手袋をして原稿をしていたら、原稿が終わった後は妙に手がきれいになり、なんだか僕の手じゃないような気持ちです。

 辻田さんは手、荒れたりしていない?

 あと、今回宇宙勇者サーガの設定資料集も送るね! 宇勇を完走した辻田さんにぜひ見てもらいたいあれやこれやがいっぱい詰まっているんだ……! すごいんだよー!

 宇勇の世界がさらに広がることまちがいないよ!』

『荷物を受け取った。早速読んだが、アニメでは語られなかった部分や一話しかでていない部分の資料もあるのが気に入った。ありがたくよませてもらう。

 手あれの件だが、吸血鬼だからかわからんが、手は特にあれたりしない。他に入っている奴らの手も、まじまじと見てはいないがそんなにあれてないと思う。

 まぁ、収容されている俺たちは水に触ることがないからかもしれんが。

 人間の身体はぜい弱だな。せいぜいがんばれ』

『辻田さんへ

 設定資料集、早速読んでくれてうれしいよ! 辻田さんならきっと気に入ると思った!

 僕もねとても大好きなんだ。へへ、好きなものを共有できるって楽しいね。

 僕は×××ページのところが好きなんだ。やっぱりロボはSFの華だよね。

 それから××ページのところも気に入ってる。設定画がもうすっごくカッコイイ!それからそれから……(中略)

 ごめん、熱くなっちゃった。辻田さんはどこが好きですか?』

『やたら分厚い手紙が来たとおもったら……お前は本当に宇勇が好きだな。その情熱には感心する。

 俺も××ページと×××ページのところは好きだ。特にいいと思ったのは×××ページだな。』

『神在月シンジ様

 梅の花が月の光によく映える季節、お元気にお過ごしのことと存じます。

 先日プログラムで手紙の書き方を教わりました。

 その際、一度、形式にのっとった手紙を書いてみると良いと薦められたので、このように手紙を書いています。

 丁寧な言葉を使うのは機会が少ないので慣れません。

 そちらはいかがお過ごしでしょうか。まだまだ寒い時期ですが、風邪など引かれてはいませんか。たまにはヨーグルト以外のものも召し上がってください。』

『辻田さんへ

 丁寧に手紙を書いてくれてありがとうございます。

 辻田さんは受けているプログラムを本当にまじめにやっているんですね。今回も形式にのっとっていて、ちょっとしたところにお手紙を出すにはこれで完璧だと思います。 

 けど、いつもの辻田さんの手紙のほうが、辻田さんらしさを感じられて僕はうれしいです。

 丁寧なのはうれしいのですが、なんだか寂しく感じてしまって……せっかく書いてくれたのに、すみません。

 ヨーグルト以外のもの……最近クワさんと一緒においしいソバ屋さんに行きました。かも南蛮をたべました。おいしかったです』

『シンジへ

 俺もお前にああいう口調で書いたのは慣れなかったので、いつもと同じような文章で送るようにする。

 どうにも丁寧な口調は肩がこるし書きづらい。

 あと、家でもヨーグルト以外のものを食え』

『辻田さんへ

 僕もヨーグルト以外のものを食べようとは思っているのですが、気が付いたら家にヨーグルトしかなくて……(しかも大量に)ふしぎですね』

『お前がネットで大量に注文するからだろうが。バカ。計画性のないアホ』

『そろそろここを出られる事になった。三ヵ月後が出所だ。

 だから、もう手紙はいらん』

『辻田さんへ

 そうなんだ! おめでとう! 考えてみたら、もうだいぶ時間がたっているんだね。

 出所は何日? 迎えにいくよ。

 出所とアシスタント復帰おめでとうのお祝いをしたいね! 辻田さんは何が食べたいですか? 好みの血液型とかある? おしえてね』

『もしかして、お前、昔に言っていたことは本気なのか? 阿呆か? 何故俺を雇おうとするんだ?』

『辻田さんへ

 もしかしたら本気に思われていなかった? 本気ですよ。僕、あのとき、けっこう勇気出して言ったのにな。

 何故っていわれたら、わからない。しいて言ったら、僕が辻田さんのことを好ましく思っているから、かなぁ。

 それに、腕もいいし、マネジメントもしてくれるし。

 僕らが一緒に仕事していた時期はそんなに長くなかったけど、凄く充実してた。

 だから、また、君と仕事がしたいんだ』

『お前は本当に、バカだな。

 前にも言ったが、俺は犯罪者だ。俺を雇っていることがわかったら、なにを言われるかわかったものじゃないぞ。最悪、お前が培ってきたものが全て崩れ落ちるかもしれない。それでもいいのか?』

『辻田さんへ

 僕の培ってきたものなんてたいしたことはないよ。それに、崩れたら、また積み上げていけばいいだけの話だもの。

 僕は、辻田さんと一緒にいたいよ。』

『バカも極まれば見ものだな。わかった。そこまで言うのなら、お前のところへいってやる。』

『辻田さんへ

 ありがとう。』

 辻斬り、いや、今はただのナギリが出所する日、私は彼の手紙の検閲担当をしていた縁で、彼の保釈手続きを担当することになった。

 収容服を脱ぎ、私服――といってもVRCに収容された時のぼろぼろの服ではなく、事前に送られてきた新品の服だ――に着替え、私物を持った姿は静かで、以前は世間をにぎわせていた連続傷害犯とは誰も思わないだろう。

 手続きが済むと、連絡口を通って、ロビーまで同行する。

 ロビーには、ひょろりと背の高い男がいた。男はこちらに気づくと、

「辻田さん!」

 と言ってナギリに近づく。ナギリもまた、男を見て、

「久しぶりだな、シンジ」

 と返した。そうか、この男が神在月シンジなのか。

 ひょろりと伸びた背、白髪交じりの髪。前かがみの姿勢でも、目線が高い。身長はナギリと同じくらいだろうか。緊張しているのか、着慣れないのか、またその両方なのか、ジャケットをしきりに触っている。

「辻田さん……いや、ナギリさん、って言えばいいのかな。思っていたより何倍も元気そうで、よかった。送った服もぴったりでほっとしたよ。私物、けっこうあるね」

「それは全部お前が送ってきたものだ。忘れたのか」

「アッ、そうか、これ、全部そうなの?うわぁ、大きいの送ったのって宇勇のボックス位だけだと思っていたけど、こうやってみてみると、多いねぇ」

「本当だ。おかげで持っていくのも大変だ」

 ナギリがフ、と笑う。

「半分持つよ」

「いい。そこそこ重いからな。お前なんてぺしゃんこだ」

「僕、意外と持てるよ?」

「貧弱の癖に強がるな?そうだな……では、こちらを持ってもらおうか」

「うん」

 神在月が差し出された紙袋を持つ。重たいのだろう、ぐえ、と小さな声を漏らした神在月に、ナギリが「ほらみろ」と紙袋を持ち直した。

 私がその光景を眺めていると、ナギリがこちらを向いた。何か迷っている様子を見せる。なんだろうか? ナギリは小さく息を吸うと、ぽつりとつぶやいた。

「世話になったな」

「……あなたも、お元気で」

「ああ。シンジ、いくぞ」

「あ、まって辻田さん」

 二人が扉の外へと歩いていく。

 その、徐々に遠くなる姿を私はじっと見つめた。

 月の光が彼らを照らしている。どうか、彼らの行き先に幸多からんことを

おわり